「イタリアのバール」と耳にすると、たいていの日本人ならヴェネツィアのサン・マルコ広場にある”Caffè Florian”(カフェ・フロリアン)やフィレンツェの共和国広場にある”Gilli”(ジッリ)のようなオシャレな老舗バールをイメージするかと思います。イタリアのバールでバリスタ修行をしたという日本人もそんな有名でおしゃれなバール出身者が多く、海外旅行客がイタリア旅行で立ち寄るのもそういったインスタ映えするような素敵なバールなので、そんなイメージになるのは自然の流れです。オシャレなバールで優雅にコーヒータイムを満喫するのは、イタリア旅行の楽しみのひとつ。
片田舎の”大衆向け”バールは、「喫茶店+コンビニ+ゲームセンター」のような存在
しかしながら、イタリアのバールは一言でバールといってもいろんなタイプがあります。観光客の多いバールはお酒も飲める喫茶店やカフェのような感じでドリンク、軽食、ドルチェ、アルコールなどを提供し、可愛らしいパッケージに入ったお菓子のお土産を売っているところが多いです。
一方、郊外や田舎には、「タバッキ」と呼ばれるコンビニのようなサービスが加わった「バール・タバッキ」も多くあり、タバコや日常品、スナック菓子などの販売、交通機関の切符販売、コピー、水道電気ガス料金などの支払いサービス、海外送金サービス、宝くじなどの様々なサービスが提供されます。喫茶店とコンビニが一緒になったような存在がタバッキ・バールです。
中には、スロットマシーンが店内に置かれてゲームセンター機能も果たすタバッキ・バールまであります。イタリアにはパチンコ店が存在しないので、田舎のギャンブルと言えばバールにあるスロットマシンになります。ここまで備わると、日本人が思い描くお洒落なバールのイメージとは程遠いものになります。
ある時期、観光客が一人も来ないようなトスカーナ州のとある片田舎の商店街にある、スロットマシーンも備わった”ザ・大衆向け”のバール・タバッキに毎日出向いていたことがあり、ほぼ全ての常連客と顔なじみになった挙げ句、時々店の手伝いまでしていたことがあります。友人一家が経営しているバールだったのですが、来る客たちが年代も職種も国籍も実にバラエティ豊かでイタリア社会とバールとの関わりがよくわかるようになりました。
午前、午後、夕方で客層が変わる。朝は喫茶モーニングのようなイメージ
朝の客は、場所がら周辺のお店で働く人たちが出勤前に立ち寄って朝食を食べていくという人がほとんどでした。イタリア人の朝食というのは甘いパンやビスケットとコーヒーが一般的なので、カウンターで立ったままパッと食べて去っていく人が多かったです。日本の家庭は朝からお弁当や朝食を作ってと出勤前から大忙しいですが、イタリアの場合は朝食もお弁当もつくる必要もなく、バールで朝食を日課にしている人も多い。しかも、イタリアのいいところはそうした朝食も安いという点です。イタリアはいまだに大衆向けバールのコーヒーの値段は一杯100〜200円程度。名古屋の喫茶モーニングのようなイメージです。
周辺に住むお年寄りもよく一人で朝食を取りに来ていました。お年寄りたちにとってバールは社交の場であり、ゆっくり新聞を読みながら朝食をとったり、顔なじみの近所の人たちとコーヒーを飲みながらおしゃべりを楽しむ場所です。一人暮らしのお年寄りたちが社会から孤立しないための大切な役割も果たしています。私はアメリカのカリフォルニア州にも住んでいたことがありますが、カリフォルニアでも同じようにお年寄りたちがドーナツショップへ朝食を取りに来て顔なじみたちとおしゃべりを楽しんでいましたが、その感じによく似ています。
さて、イタリアのバールの大変なところは、イタリア人たちのコーヒーの注文がバラバラで細かいことでした。日本のスタバでも細かい注文をする人がいるようですが、日本の場合は客はそれぞれきちんと列に並んで順番を待ちます。しかし、イタリアのバールの場合は、スキあらばカウンターに割り込んで、それぞれが口々に順番など無視して「コーヒー一杯!ガラスの方のコップで、多めに!」とか「カフェ・マキアートを大きい方の陶器のカップに入れて。最後にカカオもかけて」といった感じで細かく注文するのです。客が殺到する朝の時間帯はバリスタにとっては修羅場になります。
午後1〜3時の客は、風変わりな人たちのオンパレード。落ちぶれ貴族、ホラ吹き男、etc…
出勤前の客が去っていくと、バールは一気に落ち着きます。バール利用者が減り、タバッキ利用者が増えて各自用事を済ませていきます。イタリアの田舎の場合はたいていのお店が午後1時〜3時くらいまで昼休みになり、店員たちは自宅に帰るため、平日の午後はバール利用者は少なくなります。そんな時間帯にバールに現れるのもやはりお年寄りが多いです。
午後1時半になると必ずやって来るおじいちゃんがいました。すっかり顔なじみになったので、おじいちゃんがいつも頼むグラスの白ワインを用意して出迎えるようになると、おじいちゃんは「あんたの接客は素晴らしい!」と目を輝かせ、嬉しそうに昔の話などを聞かせてくれました。白ワインなど家でも飲めるのですから、そのおじいちゃんにとってバールはワインを飲む目的と言うより、散歩がてら誰かとちょっとしたおしゃべりを楽しむ場所のようでした。
別の常連客の老人も似たような感じで、「よろしいかな?」と前置きした上で、いつも私に昔ながらの手の甲へキスをするフリをする挨拶をしました。そんな挨拶をテレもせずさらりとこなせるダンディーな老人は、いつもグラッパをくいっとひっかけてタバコを買って帰ることを習慣にしていました。
一方で、この時間帯には少々風変わりな人たちもバールにやってきました。莫大な財産を使い果たして「斜陽」を地で行くような元貴族の老人、無職で親のスネをかじっているアルバニア出身の青年、過去にヨーロッパ中を運転していた元トラック運転手で「もうじき死ぬ」が口癖のロビンフッドみたいな風貌の老人、さんざんほホラを吹いて色んな人から借金をした挙げ句に忽然と消えた男性、自称アーティストで人生に退屈しているから誰かと話したくてバールに来たというマダムなど。まだまだユニークな人たちがたくさんいてここではとても書ききれないのですが、彼らはコーヒーやお酒を飲みながら周りとしゃべったり、スロットマシンで遊んだり、仲間たちとトランプをしていました。
午後3時過ぎは、商店街の人たちの「会合」状態に
午後3時頃になると、風変わりな人たちと入れ替わるように周辺の商店街で働く人たちが出勤前にバールに立ち寄りコーヒーを飲みにきました。商店街のお店はほとんどが家族経営で普段から家族間だけの交流に偏りがちなので、バールはそれぞれの店の人たちが情報交換をしあえる場所となり、彼らを結びつける役目を果たしていました。私もバールにいるだけで商店街中の人たちと仲良くなり、通りを歩くだけであちこちの店から「マコ!元気かい?」と声をかけられるようになったくらいです。
午後5時以降は日本の大衆居酒屋の雰囲気。ワイワイお酒を楽しむ人たちで賑やかに
午後5時頃になると、仕事を終えた商店街の人やトラック運転手、アルバニアやモロッコなどからの出稼ぎ労働者たちが集まってきます。この時間帯にはビールやワイン、カクテルなどが出回り、日本の大衆居酒屋のような雰囲気になります。イタリアの田舎には娯楽施設も少なく、日本の居酒屋のようなものが存在しません。なので田舎のバールが居酒屋のような役割を果たし、とても賑やかな時間帯になります。
出稼ぎ外国人がとても多いバールでしたが、店内で外国人差別はありませんでした。これはバールのイタリア人のオーナーが外国人に理解がありとても親切な人だったというのが大きい要因で、そんなオーナーだからこそ移民の人たちも集まってきていたのだと思います。
移民と言っても国籍も仕事も様々で、お年寄りの介護をしているというインドネシア人やルーマニア人、掃除会社を経営しているコートジボワール人、大工をしているアルバニア人やモンテネグロ人など。実に様々な移民がイタリア社会に溶け込んでいるのを実感できたのもバールにいたからこそで、色んな国の人たちと知り合いになったものです。
イタリア社会と密接に関わっているバール文化は、イタリアには無くてはならない存在
友人家族はその後バールを売却したため、今ではもう当時のような雰囲気では無くなったと耳にし、私もその後訪れていません。しかしバールでの思い出は、ひとつひとつが強烈なものでありました。あれほど色んな人たちと一度に出会える場所が他にあるだろうかと。
イタリア社会に密接に関わり、いくつもの役割を担っている大衆向けバール。気軽に入れる雰囲気ではなく入るのに少々勇気がいるような場合もあるかもしれませんが、イタリア留学や長期滞在をしたいと思っている人は、是非そういった大衆バールタバッキへも足を運んでみてください。リアルなイタリア人たちの生活ぶりを肌で感じられること間違いなしです。
このコラムはイタリア情報サイト「SHOP ITALIA」で掲載になったものです。
【イタリア文化を知りたければ、迷わず”大衆向け”バールへ。色んな人が交差する面白い世界。】
◆「あがるイタリア」&「SHOP ITALIA」のでコラム連載しています。過去の記事もこちらからどうぞ♪
コラム一覧はこちら→ https://shop-italia.jp/author/mako-kobayashi
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